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Dec
6th
Tue
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どうか、目の前に選択肢があらわれたら、「本当に、この選択肢の中から『答え』を選ばなくてはならないのか?」と、ほんの少しだけでもいいので、考えてみてください。

「選択肢」の話/土の中の子供 - 琥珀色の戯言 (via prawn, 0prawn) (via usaginobike) (via mmqqbb) (via onehalf) (via yellowblog)

これ、本文の宗教の話だけじゃなく日常生活や仕事でも、ものすごく大事だと思う。

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Apr
16th
Sat
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Mar
24th
Thu
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我々が少なくとも民主主義国家として信じなくてはいけないのは、国の方針であり、国から出る情報です。これをきちんとオーディット、監査して、正しいのか正しくないかを説明する、実は機関が我が国にはありません。中立的に国の出す情報を正しいか正しくないかということを評価する機関がないんです。一方的な国寄り、一方的な反対、一方的な、即ち、そこに恣意が入ったり利益誘導の考え方が入るがために、国民は何となく不信、あるいは不安、疑いの目を向ける訳です。
Jun
25th
Fri
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恐らく日本ではテクニックのある選手は、ほかの選手よりうまい分だけ、走らなくてもいい自由を与えられてきたのだろう。プロになってもそれで大過ないのは、そんな日本人同士で戦うJリーグでは問題がないからだ。その結果、日本代表に優秀な選手を集めると中盤は走れない選手の集まりになってしまう
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テクニックがある選手を走れるようにするのと、走れる選手にテクニックをつけるのと、どちらが効率的か。
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Jun
20th
Sun
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昨朝の朝日に、「辞任の真相は」と題して鳩山由紀夫前首相のインタビューが掲載された。聞き手は薬師寺克行編集委員。最近の各メディアのインタビューのなかでは傑出した、相手の本音をうまく引き出した内容であった。
 
自分の胸の内を淡々と語る鳩山さん。これが持ち味なのだろうが、あまりにもあっけらかんとした告白には、しばし苦笑せざるを得なかった。と同時に、こういうお人よしの政治家に8か月という長い期間、国政を託していた事実に背筋の寒くなる思いもした。
 
インタビューの一節にこういうやりとりがある。
 
――徳之島への移設は過去に日米間で検討されて消えた話ですが、そういうことも踏まえた判断だったのですか。
 
「この話は基本的には牧野聖修議員らの情報だった。過去に一度検討していたという話は入っていなかった。しかし、そうであっても当時とは状況もちがうだろう。この案の検討に官僚は使わなかった。できる限り水面下で進めたかった。たしかにやり方は稚拙だったかもしれない。もっと正面から情報を集めて、なぜ徳之島なのか冷静な議論をしていたら、とも思う」
 
これが、国のもっとも重要な安全保障にかかわる政策検討の、稚拙そのものの内情。正直にいって、アゼンとした。
 
こういうときのために存在するのが、官僚組織と情報および蓄積データ。その肝心の官僚と情報分析を抜きにした隠密行動の結果、どういうことになったか。
 
政治主導どころか、なんと内閣総理大臣は、「徳之島への移設は過去に日米間で検討されて消えた話」という情報すら知らずに腹案に固執し、米大統領と対話していたのである。情報欠落の重大性について、鳩山さんはどこまで理解しているのだろうか。
May
19th
Wed
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マスコミは、口蹄疫の被害が拡大した原因は、宮崎の獣医が一番最初の感染を発見するのに時間がかかりすぎたから、という報道を繰り返しています。

概要はこうです。
4月9日 牛1頭の口の中にただれを発見、診察→経過観察
4月20日 口蹄疫と断定

診察から病名特定まで11日も要していてけしからん、責任は獣医師と宮崎県の稚拙な対応にあるとでも言いたげです。先ほど5月18日午前2時のNHKラジオ・ニュースでも、初動で時間がかかりすぎた点を強調していました。

ここで、口蹄疫を初期段階で封じ込めた優秀な事例とされる、前回2000年の事例を振り返ってみます。

3月12日 最初の診察(発症は8日)
3月25日 口蹄疫と断定

2000年の事例では、診察から病名特定まで13日かかっていました。証拠はこれ↓

人獣共通感染症 第96回 宮崎で発生した口蹄疫
文字列「最初の発生例:3月8日に」から後の4段落。

ということで、今回の獣医と宮崎県の対応が遅いということはありませんでした。

逆に私たちが目撃したことは、
・病名特定から3週間も報道規制。
・政府は、東国原知事からの度重なる陳情を無視。
・担当大臣である赤松農相は外遊。
・農相臨時代行の福島瑞穂も何もせず。
・政府が1000億円(100億円に減額されたという話もある)の緊急支出を決めたのは、病名特定から4週間近くあと。
・赤松に至っては「わたしがやってきたことは反省するところ、おわびするところはない」と開き直り。

対応がグズで稚拙なのは鳩山内閣のほうでした。

伝染病の拡大を放置し(おー恐)、地方に責任をなすりつける鳩山内閣。国民は、次はどのように蹂躙されるのでしょうか。伝染病放置内閣を早く殺処分してほしい。

May
18th
Tue
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赤松農相が外遊している間、臨時代理を務めていた宮崎県出身の福島瑞穂大臣が何をしていたのか、彼女自身のブログから情報を抜き出してみました。

福島瑞穂のどきどき日記から
4/20(火)「どこまで使える 派遣法改正案」院内集会に参加

「山口県長島周辺の豊かな海・自然を守ろう!」(反原発)院内集会に参加

4/21(水)「化学物質政策を考える連続学習会」~ネオニコチノイド系農薬の登録・販売中止を求めて~の院内集会に参加

4/22(木)社民党の若手自治体議員との意見交換会

4/24(土)「I女性会議」で挨拶

巣鴨駅前で消費者庁のビラ配り

元藤沢市議・神奈川県議の「大久保さわ子さんを励ます会」に参加

4/25(日)愛知県瀬戸市で講演会、演説。地元議員を応援。名古屋駅前で街宣

東京に戻り、沖縄の県民集会に呼応した市民集会に参加

4/26(月)環境エネルギー政策研究所のスタッフ(兼みずほ応援団、環境・反原発勝手連のメンバー)が外国赴任を前に挨拶に来訪

児童福祉学の専門家の森田明美さん(東洋大学社会福祉学科教授)と子育て支援のあり方について対談

障がい者制度改革推進会議に関連するヒアリング

国鉄労働組合「1047名問題の報告懇親会」に参加

非正規雇用フォーラム・スプリングセミナーで講演

4/27(火)消費社長で「地方消費者行政推進本部会合」に出席、記者会見。

「障がい者制度改革推進会議福祉部会」、「子ども・子育て新システム検討会議」の会議に出席

夕方からは西松建設との中国戦後補償、強制連行裁判での和解について、被害者の遺族と弁護団と面会

日弁連主催の「日本における人権保障システムの確立のために-オーストラリアの国内人権機関から学ぶ-」に参加

日本でも人権機関が設立できるよう、いっしょにがんばりたいと思います。(ちょww 危なww)

4/28(水)京品ホテル闘争勝利報告集会で挨拶

(4/30(金)赤松大臣が外遊に出発。福島瑞穂が農相臨時代理となる。)

5/01(土)日比谷公会堂でのメーデーに参加

5/03(月)憲法記念日。上野公園入口で、平和、雇用、人権、貧困、自殺対策などについて演説。次いでパレード参加。その後、「自由と生存メーデー」に参加。

5/05(水)「福島みずほを応援する弁護士の会」主催のパネルディスカッション開催を決める。

5/06(木)「非正規雇用フォーラム」とのフォーラム開催を決める。ゲストは湯浅誠。

5/07(金)女性勝手連「みずほとチャレンジ!の会」主催の「みずほと語ろう!2010夏へ」に参加

討論のほか、会が用意したみずほさん応援歌を聞く

(5/08(土)赤松大臣が帰国。福島氏は臨時代理を解かれる。)

ご自身が担当しておられる業務をしっかり、きちんとやっている(←これ瑞穂の口癖w)のですが、宮崎、口蹄疫という単語が1回も出てこない!

いえ、正確には彼女は霞ヶ関のビルの中で何かをしたはずです。なぜなら、大臣には報告および決済書類が毎日大量に送られてくるから。

しかし、沢山こなした業務のうち、宮崎・口蹄疫事件は、彼女の頭の中に印象的な事柄として残らなかったことが、日記からうかがい知ることが出来ました。

日本の畜産業が何十年とかけて築き上げてきた基盤が、今崩壊しようとしている。殺処分が決まった牧場のうち、一定数は廃業することになると思われ、そうなると従業員は解雇される。宮崎県では影響は畜産業に留まらず、関連産業も打撃を受ける。

彼女の生まれ故郷でもある宮崎の地域経済がどうなるか地元の方々が不安にかられているときに、セクハラだの女性の活躍・活用だのに関する議論に熱中している福島瑞穂の姿を思い浮かべると、この人には生活感覚があるのだろうか、「日本の産業を守る」「人々の生活を守る」という言葉の意味を政治家として理解していないのではないか、優先順位を間違えているのではないかという疑問を感ぜずにはいられません。

May
12th
Wed
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「地下鉄のバイオリニスト」

一人の男がワシントンDCの地下鉄駅構内に立ってバイオリンを弾き始めた。

1月のある寒い朝 だった。彼はバッハの曲を6曲約45分間演奏した。その時間帯はラッシュアワーで、約1000人がその駅を通った計算だ。ほとんどの人たちは仕事に行くと ころだった。

3分を過ぎた所で、一人の中年の男性が音楽家が演奏していることに気づいた。彼は歩くペースを緩め、数秒間立ち止まったが、 やがて自分の予定に急いで戻って行った。

1分後、バイオリニストは最初の1ドルのチップを受け取った。一人の女性が箱にお金を投げ入れ、 そして止まることなく歩き続けた。

数分後、壁にもたれて彼の音楽を聴く者がいたが、その男性は腕時計を見てまた歩き始めた。彼は明らかに 仕事に遅れていた。

もっとも注意を払ったのは3歳の男の子だった。彼の母親がその子を引っぱって急ごうとしたが、その子は立ち止まってバ イオリニストを見ていた。最後に母親が強く押したので、その子どもは何回も振り返りながら歩き続けた。このような動作が他の何人かの子どもたちによって繰 り返された。親たちは、例外なく、子どもたちを先に急がせた。

その音楽家が演奏した45分間で、わずか6人が立ち止まってしばらくそこに いた。約20人がお金を彼にあげたが、ペースを緩めることなく歩き続けた。彼は32ドル集めた。彼が演奏を終えると、辺りは静かになったが、誰もそのこと に気づかなかった。拍手する者はだれもいず、だれも気づかなかった。

誰も知らなかったが、そのバイオリニストは世界の最も優れた音楽家の 一人であるジョシュア・ベルだった。彼はこれまで書かれたうちで最も難解とされる曲のひとつを演奏した。350万ドルの価値あるバイオリンで。

地 下鉄で演奏する2日前に催されたジョシュア・ベルのボストンでのコンサートは売り切れていた。そのチケットは平均で100ドルだった。

こ れは本当の話だ。地下鉄駅でジョシュア・ベルがお忍びで演奏することを企画したのは、ワシントンポストで、これは人々の認知、テースト(嗜好)、優先順位 についての社会実験のひとつだった。

その企画の概要はこうだった。
ありふれた環境で、都合の悪い時間に、
私たちは美を認 知するか?
足を止めてそれを観賞するか?
予想できない状況でも才能を認知するか?

この経験から得られる結論のひとつはこ うだろう。

世界最高と言われる音楽家のひとりが最高の作曲と言われる曲を演奏するのに、一瞬たりとも立ち止まって聴くことをしないのなら ば、私たちはどれほどのものを見過ごしているだろうか?